セブルスとルシウスの物語(41)
(これは『ハリーポッター』シリーズの本と映画鑑賞後の、妄想です)
イースター休暇の初めの日、休みに入ればすぐ来ると思っていたレギュラスが姿を現さないまま夜になった。ルシウスとナルシッサはもう寝室で休んでいる頃だ。夜になると物寂しくなるのにもいい加減慣れなければと思いながら、僕は一人、部屋で机に向かって本を読んでいた。
夜も遅くなった頃、突然の気配に振り向くと、蒼ざめたレギュラスと屋敷妖精のクリーチャーが立っていた。
「レギュラス、どうしたんだ、こんな夜中に。」
「セブルス、静かにして。お願い。」
驚いて問いかける僕を、レギュラスは小声で押しとどめた。
「今夜ボクが来たこと、気づかれたくないんだ。」
「ルシウスやナルシッサに?」
声をひそめて尋ねると、レギュラスはうなづいて、ため息をつきながら近寄って来た。
「ほんとは来るべきじゃなかったんだけど。」
近付いて来たレギュラスは、ずいぶんとやつれていた。痩せこけた頬に、くまに縁取られた目ばかりが大きく見える。
「どうしたんだ?ひどく疲れているようだが、いったい何があったんだ?」
返事はなく、レギュラスは立ちつくしたまま僕から目をそらし、思い詰めたような瞳を見開いてどこか一点を見つめている。僕まで息苦しくなるような緊迫感を和らげようと、ソファに座らせて温かいココアを入れた。
「クリーチャーも飲むか?」
縮こまって立っていた屋敷妖精に声をかけると、レギュラスが気を取り直したように言った。
「ありがとう、セブルス。クリーチャーももらいなさい。」
カップを渡して隣に座ると、レギュラスはココアをすすりながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「突然部屋に現れて驚いただろうけど、屋敷妖精は防衛呪文のかかった場所にもアパレートできるんだよ。いつもはそんな失礼なことしないけど、今日は他の人と顔を会わせたくなかったから。」
「そんなことはいいが、ナルシッサにも会いたくないのか?ナルシッサも今日はおまえが来ると思って待っていたぞ。」
「シシー姉様は元気?」
「ああ、楽しそうにしている。ついでに言えば、ルシウスも元気だ。」
やつれた顔にわずかに笑みが浮かんだ。
「それはよかった。セブルス、悪いんだけど、ココアを飲み終わったらクリーチャーをどこかに待たせてくれないかな、クローゼットの中とか。」
そのへんに座らせておけばよいと思ったけど、レギュラスの言う通りにしてやることにした。クローゼットの扉をあけると、妖精は丁寧にお辞儀をして空いたカップを返し、クローゼットの隅に小さくなって座った。レギュラスに目で確認して、扉を閉める。レギュラスは空になったカップを握ったまま口を開かない。
「話したくないのなら無理に言わなくていいが、話すことがあるなら聞くし、疲れているならこのまま寝てもいい。ルシウスもナルシッサももう寝ているだろうから、遠慮することはない。泊まってもいいぞ。」
「セブルス、ほんとは来るべきじゃなかったんだけど、セブルスの顔を見たくなって、つい来ちゃったんだ。今夜ボクとクリーチャーに会ったこと、絶対誰にも言わないで。知られたらみんな、たいへんなことになる。セブルスなら秘密を守れるよね?」
レギュラスの黒い瞳が、探るように僕を見る。閉心術を使ってでも秘密を守れと言っているのかと思い、同時に思いついて、つたない開心術で心を覗こうと思ったが、気配を察知したのかレギュラスは素早く目を伏せた。
「おまえがそう言うなら、誰にも知られないようにすると約束する。だけど、なぜそんなにも秘密にしなければならないんだ?おまえの様子もおかしくて心配だよ。誰にも言わないから、どうしたのか話してくれないか。」
「セブルス、心配させてごめんね。でもそれは言えないんだ。ただ、ボクにはどうしてもすべきことがあって、そうするしかない。そうするつもりだ。」
日頃の甘ったれた雰囲気を思えば驚くほどの、固い決意を感じさせる強い声だった。もちろん、甘ったれていると言っても、レギュラスはナルシッサと僕のことでルシウスを卑怯だと言いきるまっすぐな強さを持っている。優秀な魔法使いだし、クィディッチでシーカーを務めるほどの勇気も負けん気の強さも持っているのだから、やると決めたらやるのだろうけど。でも何をするというのか?僕が見つめていると、レギュラスは気弱に目を伏せた。
「、、、でもその前にセブルスに会いたくなった。仲良くしてくれたし、いつもかばってくれたし、心配してくれたよね。セブルスと話すと、ボクいつも勇気が出るんだ。」
それは勇気が必要なことなのか?決意したのだろうけれど、今の様子を見れば、苦しみ怯えているようだ。そういえばクリーチャーも怯えているように見えた。いつもはレギュラスの隣で、嬉しそうな顔をして、誇らしげに寄り添っているのに。
「何をするのかわかれば、一緒にやってやる。できることがあれば助けてやるから一人で思い詰めることはないんだぞ。」
僕がそう言うと、レギュラスが顔を崩して抱きついてきた。驚いたけど突き放さなかったのは、レギュラスの崩した顔が、笑おうとしたのに泣きそうになったように見えたからだ。そのままにさせておくと、レギュラスの体が小さく震えているのに気がついて、僕は宥めるように背中を撫でてやった。
「ねえセブルス、こうしてると温かいね。何でもできそうな気もしてくるし、ずっとこうしていたくもなる。すごいな、人の体って。」
なんと答えればよいかわからないから何も言わず、しばらくそうしていると、レギュラスがまた話し始めた。
「セブルス、ボク、キスしたこともないんだ。誰かと抱き合ったこともない。このまま、、、」
このまま何だと言うのだと待っていても何も言わない。今日のレギュラスは思わせぶりなばかりで、対処に困ってしまう。はっきりしたことは何も言わないし、問いには答えず、話は飛ぶのだから、どうすればよいのかさっぱりわからない。こんな時僕にできるのは、黙って待つことだけだ。そうしていると、レギュラスが僕の肩に伏せていた顔を上げて、目を合わせた。そして。
「ねえセブルス、キスしていい?」
一瞬あっけにとられた。あっけにとられたのは、突然だったせいもあるし、レギュラスに性的な欲望が欠片も感じられなかったからだ。
「なぜだ?」
「したことないから。」
答えになっていないと思う。
「なぜ今僕と?おまえはナルシッサが好きなんだろう?」
「だって今シシー姉様はいないじゃないか。セブルス、ボクのこと嫌いなの?ボクは好きだよ。飛びぬけて好きなシシー姉様の次くらいに。」
冗談めかした言い草と裏腹に、僕を見る目は悲しげに見えた。その瞳の奥に何を隠しているのだと詰め寄りたい気持ちでまじまじと顔を見る。間近に見える疲れて荒れた肌。大きなクマと思い詰めた瞳。どうしたのかと心配で、不安すら掻き立てられる。どうしたらよいのだろう?・・・ルシウスならどうするだろう?あの時ルシウスがしてくれたように、手を握るべきなのだろうか?僕たちの間には友情以外の気持ちはないと思うけど、レギュラスは今手を握らなければこのまま消えてゆきそうなはかなさを漂わせている。
「おまえはナルシッサが好きで、僕はルシウスのものなんだ。」
レギュラスがうなづくのを見て、唇を寄せた。冷たくてかさついた唇だった。温めてやりたくて、何度か繰り返す。僕の目の先で、長いまつげが震えていた。腕の中の体に欲望の高まりは感じられなかったけど、そのまま耳元で尋ねてみた。
「寝てみたいのか?一度きりのことだけど。」
レギュラスは一瞬驚いたように目を見張り、僕の背にまわした腕に力を込めてきた。その腕をほどき、ローブを脱がせてベッドに連れてゆく。肌を重ねてしまえば、若い体は熱を帯び昂りを増す。たいした時間もかからず、ともに果てた。後の処理をし、解き放たれて弛緩した体を横たえて、これはいったい何だと思う。思慕でもなく戯れでもなく、むろん同情でもない。ただ願いがあるなら叶えてやりたいと思っただけだ。レギュラスは何を考えているのだろうと思った時、こちらを向いた。今度はほんとうに笑っている。少し照れくさそうな、和らいだ笑顔。
「ありがとう、セブルス。」
「礼を言われることなのか?」
「言いたいんだ。ほんとに感謝してるから。今夜のこと秘密だけど、忘れないでね。こんなつもりで来たわけじゃないけど、こうしてもらえて、すごく嬉しかった。それからさっき言ったこと、絶対に守って。ボクとクリーチャーが今夜ここに来たことを誰にも知られないようにすること。約束だよ。」
「ああ、そうするよ。」
「それから、シシー姉様のこと、ずっと守ってね。」
「おまえが救い出すまでは、だろ?」
レギュラスは曖昧な笑みを浮かべ、僕の胸に顔を埋めた。レギュラスが少し明るくなったことにほっとして、その体を抱き寄せた。
久しぶりの解放感のせいか僕はそのまま眠ってしまい、翌朝目を覚ますとレギュラスの姿は消えていた。念のためクローゼットの中を確認すると、クリーチャーもいない。いったい何だったんだと思いながら、レギュラスが来るのを待って一日が過ぎ、日が暮れる頃には不安でたまらなくなった。
成り行きでおかしなことにはなりそのままになってしまったけれど、部屋に現れたときから様子がおかしかったのだ。結局レギュラスは何をしにきたのか、何をしようとしているのか、何も言わなかった。昨夜のことを初めから繰り返し思い出してみても、レギュラスが何か並みならぬ決意を秘め、それは誰にも知られてはならないと考えていたことしかわからない。来るべきではなかったと言いながら現れたのは、最後の迷いを振り切りたかったのか、励ましがほしかったのか。ほんとはナルシッサに会いたかったんじゃないかと思うけど。
部屋がノックされ、開いたドア口にナルシッサの心配そうな顔を見た瞬間に、絶望的な予感に襲われた。何か起こったのだ、レギュラスに。僕はどんな表情をしていたのだろう。僕を見るナルシッサの顔が泣きそうに歪んだ。
「セブルス、レギュラスがいなくなったらしいの。伯母さまからこちらに来ていないかと尋ねられて。昨日は休暇なのに一日家に居たそうなの。珍しいことだと思っていたら、今朝からずっと姿が見えないというのよ。うちにも来ないしどうしたのかしら?あなたは何かきいている?」
感じていた不安をすべて吐き出したい思いを必死でこらえた。『今夜ボクとクリーチャーが来たことは、絶対誰にも言わないで。知られたらみんな、たいへんなことになる。』今日一日、何度も思い返して意味を求めたレギュラスの言葉を心の中でまた繰り返し、僕は心を閉じた。レギュラスはこうなるとわかっていて、閉心術を使える僕だけに、わずかに心を漏らしたのだ。
イースター休暇の初めの日、休みに入ればすぐ来ると思っていたレギュラスが姿を現さないまま夜になった。ルシウスとナルシッサはもう寝室で休んでいる頃だ。夜になると物寂しくなるのにもいい加減慣れなければと思いながら、僕は一人、部屋で机に向かって本を読んでいた。
夜も遅くなった頃、突然の気配に振り向くと、蒼ざめたレギュラスと屋敷妖精のクリーチャーが立っていた。
「レギュラス、どうしたんだ、こんな夜中に。」
「セブルス、静かにして。お願い。」
驚いて問いかける僕を、レギュラスは小声で押しとどめた。
「今夜ボクが来たこと、気づかれたくないんだ。」
「ルシウスやナルシッサに?」
声をひそめて尋ねると、レギュラスはうなづいて、ため息をつきながら近寄って来た。
「ほんとは来るべきじゃなかったんだけど。」
近付いて来たレギュラスは、ずいぶんとやつれていた。痩せこけた頬に、くまに縁取られた目ばかりが大きく見える。
「どうしたんだ?ひどく疲れているようだが、いったい何があったんだ?」
返事はなく、レギュラスは立ちつくしたまま僕から目をそらし、思い詰めたような瞳を見開いてどこか一点を見つめている。僕まで息苦しくなるような緊迫感を和らげようと、ソファに座らせて温かいココアを入れた。
「クリーチャーも飲むか?」
縮こまって立っていた屋敷妖精に声をかけると、レギュラスが気を取り直したように言った。
「ありがとう、セブルス。クリーチャーももらいなさい。」
カップを渡して隣に座ると、レギュラスはココアをすすりながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「突然部屋に現れて驚いただろうけど、屋敷妖精は防衛呪文のかかった場所にもアパレートできるんだよ。いつもはそんな失礼なことしないけど、今日は他の人と顔を会わせたくなかったから。」
「そんなことはいいが、ナルシッサにも会いたくないのか?ナルシッサも今日はおまえが来ると思って待っていたぞ。」
「シシー姉様は元気?」
「ああ、楽しそうにしている。ついでに言えば、ルシウスも元気だ。」
やつれた顔にわずかに笑みが浮かんだ。
「それはよかった。セブルス、悪いんだけど、ココアを飲み終わったらクリーチャーをどこかに待たせてくれないかな、クローゼットの中とか。」
そのへんに座らせておけばよいと思ったけど、レギュラスの言う通りにしてやることにした。クローゼットの扉をあけると、妖精は丁寧にお辞儀をして空いたカップを返し、クローゼットの隅に小さくなって座った。レギュラスに目で確認して、扉を閉める。レギュラスは空になったカップを握ったまま口を開かない。
「話したくないのなら無理に言わなくていいが、話すことがあるなら聞くし、疲れているならこのまま寝てもいい。ルシウスもナルシッサももう寝ているだろうから、遠慮することはない。泊まってもいいぞ。」
「セブルス、ほんとは来るべきじゃなかったんだけど、セブルスの顔を見たくなって、つい来ちゃったんだ。今夜ボクとクリーチャーに会ったこと、絶対誰にも言わないで。知られたらみんな、たいへんなことになる。セブルスなら秘密を守れるよね?」
レギュラスの黒い瞳が、探るように僕を見る。閉心術を使ってでも秘密を守れと言っているのかと思い、同時に思いついて、つたない開心術で心を覗こうと思ったが、気配を察知したのかレギュラスは素早く目を伏せた。
「おまえがそう言うなら、誰にも知られないようにすると約束する。だけど、なぜそんなにも秘密にしなければならないんだ?おまえの様子もおかしくて心配だよ。誰にも言わないから、どうしたのか話してくれないか。」
「セブルス、心配させてごめんね。でもそれは言えないんだ。ただ、ボクにはどうしてもすべきことがあって、そうするしかない。そうするつもりだ。」
日頃の甘ったれた雰囲気を思えば驚くほどの、固い決意を感じさせる強い声だった。もちろん、甘ったれていると言っても、レギュラスはナルシッサと僕のことでルシウスを卑怯だと言いきるまっすぐな強さを持っている。優秀な魔法使いだし、クィディッチでシーカーを務めるほどの勇気も負けん気の強さも持っているのだから、やると決めたらやるのだろうけど。でも何をするというのか?僕が見つめていると、レギュラスは気弱に目を伏せた。
「、、、でもその前にセブルスに会いたくなった。仲良くしてくれたし、いつもかばってくれたし、心配してくれたよね。セブルスと話すと、ボクいつも勇気が出るんだ。」
それは勇気が必要なことなのか?決意したのだろうけれど、今の様子を見れば、苦しみ怯えているようだ。そういえばクリーチャーも怯えているように見えた。いつもはレギュラスの隣で、嬉しそうな顔をして、誇らしげに寄り添っているのに。
「何をするのかわかれば、一緒にやってやる。できることがあれば助けてやるから一人で思い詰めることはないんだぞ。」
僕がそう言うと、レギュラスが顔を崩して抱きついてきた。驚いたけど突き放さなかったのは、レギュラスの崩した顔が、笑おうとしたのに泣きそうになったように見えたからだ。そのままにさせておくと、レギュラスの体が小さく震えているのに気がついて、僕は宥めるように背中を撫でてやった。
「ねえセブルス、こうしてると温かいね。何でもできそうな気もしてくるし、ずっとこうしていたくもなる。すごいな、人の体って。」
なんと答えればよいかわからないから何も言わず、しばらくそうしていると、レギュラスがまた話し始めた。
「セブルス、ボク、キスしたこともないんだ。誰かと抱き合ったこともない。このまま、、、」
このまま何だと言うのだと待っていても何も言わない。今日のレギュラスは思わせぶりなばかりで、対処に困ってしまう。はっきりしたことは何も言わないし、問いには答えず、話は飛ぶのだから、どうすればよいのかさっぱりわからない。こんな時僕にできるのは、黙って待つことだけだ。そうしていると、レギュラスが僕の肩に伏せていた顔を上げて、目を合わせた。そして。
「ねえセブルス、キスしていい?」
一瞬あっけにとられた。あっけにとられたのは、突然だったせいもあるし、レギュラスに性的な欲望が欠片も感じられなかったからだ。
「なぜだ?」
「したことないから。」
答えになっていないと思う。
「なぜ今僕と?おまえはナルシッサが好きなんだろう?」
「だって今シシー姉様はいないじゃないか。セブルス、ボクのこと嫌いなの?ボクは好きだよ。飛びぬけて好きなシシー姉様の次くらいに。」
冗談めかした言い草と裏腹に、僕を見る目は悲しげに見えた。その瞳の奥に何を隠しているのだと詰め寄りたい気持ちでまじまじと顔を見る。間近に見える疲れて荒れた肌。大きなクマと思い詰めた瞳。どうしたのかと心配で、不安すら掻き立てられる。どうしたらよいのだろう?・・・ルシウスならどうするだろう?あの時ルシウスがしてくれたように、手を握るべきなのだろうか?僕たちの間には友情以外の気持ちはないと思うけど、レギュラスは今手を握らなければこのまま消えてゆきそうなはかなさを漂わせている。
「おまえはナルシッサが好きで、僕はルシウスのものなんだ。」
レギュラスがうなづくのを見て、唇を寄せた。冷たくてかさついた唇だった。温めてやりたくて、何度か繰り返す。僕の目の先で、長いまつげが震えていた。腕の中の体に欲望の高まりは感じられなかったけど、そのまま耳元で尋ねてみた。
「寝てみたいのか?一度きりのことだけど。」
レギュラスは一瞬驚いたように目を見張り、僕の背にまわした腕に力を込めてきた。その腕をほどき、ローブを脱がせてベッドに連れてゆく。肌を重ねてしまえば、若い体は熱を帯び昂りを増す。たいした時間もかからず、ともに果てた。後の処理をし、解き放たれて弛緩した体を横たえて、これはいったい何だと思う。思慕でもなく戯れでもなく、むろん同情でもない。ただ願いがあるなら叶えてやりたいと思っただけだ。レギュラスは何を考えているのだろうと思った時、こちらを向いた。今度はほんとうに笑っている。少し照れくさそうな、和らいだ笑顔。
「ありがとう、セブルス。」
「礼を言われることなのか?」
「言いたいんだ。ほんとに感謝してるから。今夜のこと秘密だけど、忘れないでね。こんなつもりで来たわけじゃないけど、こうしてもらえて、すごく嬉しかった。それからさっき言ったこと、絶対に守って。ボクとクリーチャーが今夜ここに来たことを誰にも知られないようにすること。約束だよ。」
「ああ、そうするよ。」
「それから、シシー姉様のこと、ずっと守ってね。」
「おまえが救い出すまでは、だろ?」
レギュラスは曖昧な笑みを浮かべ、僕の胸に顔を埋めた。レギュラスが少し明るくなったことにほっとして、その体を抱き寄せた。
久しぶりの解放感のせいか僕はそのまま眠ってしまい、翌朝目を覚ますとレギュラスの姿は消えていた。念のためクローゼットの中を確認すると、クリーチャーもいない。いったい何だったんだと思いながら、レギュラスが来るのを待って一日が過ぎ、日が暮れる頃には不安でたまらなくなった。
成り行きでおかしなことにはなりそのままになってしまったけれど、部屋に現れたときから様子がおかしかったのだ。結局レギュラスは何をしにきたのか、何をしようとしているのか、何も言わなかった。昨夜のことを初めから繰り返し思い出してみても、レギュラスが何か並みならぬ決意を秘め、それは誰にも知られてはならないと考えていたことしかわからない。来るべきではなかったと言いながら現れたのは、最後の迷いを振り切りたかったのか、励ましがほしかったのか。ほんとはナルシッサに会いたかったんじゃないかと思うけど。
部屋がノックされ、開いたドア口にナルシッサの心配そうな顔を見た瞬間に、絶望的な予感に襲われた。何か起こったのだ、レギュラスに。僕はどんな表情をしていたのだろう。僕を見るナルシッサの顔が泣きそうに歪んだ。
「セブルス、レギュラスがいなくなったらしいの。伯母さまからこちらに来ていないかと尋ねられて。昨日は休暇なのに一日家に居たそうなの。珍しいことだと思っていたら、今朝からずっと姿が見えないというのよ。うちにも来ないしどうしたのかしら?あなたは何かきいている?」
感じていた不安をすべて吐き出したい思いを必死でこらえた。『今夜ボクとクリーチャーが来たことは、絶対誰にも言わないで。知られたらみんな、たいへんなことになる。』今日一日、何度も思い返して意味を求めたレギュラスの言葉を心の中でまた繰り返し、僕は心を閉じた。レギュラスはこうなるとわかっていて、閉心術を使える僕だけに、わずかに心を漏らしたのだ。
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